« お米を研ぐ回数 (注意:この記事に答えはありません) | トップページ | 「誰かが嘘をついている」の、いろいろ消化不良の点 »

2009年10月 6日 (火)

「誰かが嘘をついている」と「それでもボクはやってない」の類似性

「誰かが嘘をついている」は痴漢冤罪もののドラマです。

特別ドラマ企画「誰かが嘘をついている」 - フジテレビ

いまちょうど、放送中で最後までは見てない段階なのですが、同じ痴漢冤罪ものである「それでもボクはやってない」という映画と、結構似ている部分がありますね。

例えば、有罪率が99%という事実を強調している点。痴漢で裁判になったら、まず無罪にはならないというデータですが、ちょっとインパクトが弱いなと思うのは、事実の数字が分からないからです。有罪率が99%だとしても、実際にやった人が99%(そして1%のやってない人が確実に無罪になっている)なら、何の問題もないわけです。

「検察、百発百中じゃん」ってことになりますが。どうなんでしょうね。しかし、他の犯罪と比べて、痴漢裁判の有罪率が高いとなると、やっぱり何か問題があると思わざるをえませんよね。この先は、調べてないんで分かりません。

あとは、類似性というか、事実だとしたら、同じように描かれるのが必然、という部分もありますが・・・

・完全な冤罪である
・被害者が気の弱い感じの女子学生である(「誰かが~」は女子高校生、「それでも~」は女子中学生)
・電車を降りたあとに、嫌疑をかけられる
・(やっていなくても)やっていることを認めれば出られるぞという誘惑
・上記を弁護士さえ勧めてくる
・一審で有罪判決がでる

電車降りた後に、「さっき痴漢したでしょ」ってのが現行犯になるんですかね。やってるところで言わなくていいの?って、ちょっと思っちゃう。

両作品の相違点としては、ドラマでの似非被害者(つまり加害者)の女子高生の状況として、

日頃何度も痴漢に遭い、この日だけは行動しようと決めていた女子高生の被害者。

というのがありました。たまたまですが、今日読んだ記事を思い出しました。

「通勤痴漢の高校教諭を逮捕 昨年秋から10回以上も犯行」:イザ!

電車内でお気に入りの女子高生を痴漢するため、わざわざ遠回りして通勤していた愛知県の高校教諭(44)が逮捕された。妻子ある身で、年がいもなく女子高生に片思い。昨年秋から10回以上、犯行に及んでいたとみられている。

こんなこともあるんだなーと。たびたび被害に合い、泣き寝入りしているような被害者、そしてそんな悪質な加害者。上記の記事では、容疑を認める自白があるので、かなり状況は違いますが、このドラマでは、主人公は無罪です。

水谷豊演じる主人公は、「いつもの痴漢」と間違われたんでしょうか。

上記の二作で共通しているから余計に気になるのですが、被害者(だが加害者は決して主人公ではない)が、弱者であり決して悪者ではないという点。

被害者は気の毒ではあります。が、あやふやな根拠をもって、誰かを警察に突き出すような真似をして、悪者にされずに済むなんてのは、甘すぎやしないでしょうか。

被害者は気の毒ではある。しかし、その気の毒を盾に、別の無関係の人を巻き込んでいいわけはないです。泣けば、良い者(もん)側になれるとでも?

つまり、誰かを犯人扱いするのに確実な証拠もないのなら、「泣き寝入りしなさい」と私は言いたい。きつい言い方ですが、論理性を欠いた判断をするような人に、誰かを犯人扱いする権利はないのです。

じゃあ、被害者に残された救いの道は・・・。↓拙記事ですが、良い案だと思うんですけどねぇ。現実味ないですか?

痴漢は逮捕する必要なし: 主張

そして、このドラマ「誰かが嘘をついている」はまだ放送中で終わっていません。さて、「それでもボクはやってない」はなかなかの名画でした。でも、それとは、がつんと違った展開を期待しています。■

[2009年10月7日追記]
最後まで見て、↓こんなエントリも書きました。
「誰かが嘘をついている」の、いろいろ消化不良の点: 主張

「この人、痴漢!」と言われたら―冤罪はある日突然あなたを襲う (中公新書ラクレ)
「この人、痴漢!」と言われたら―冤罪はある日突然あなたを襲う (中公新書ラクレ)

« お米を研ぐ回数 (注意:この記事に答えはありません) | トップページ | 「誰かが嘘をついている」の、いろいろ消化不良の点 »

ニュース」カテゴリの記事

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

« お米を研ぐ回数 (注意:この記事に答えはありません) | トップページ | 「誰かが嘘をついている」の、いろいろ消化不良の点 »

スポンサーリンク


スポンサーリンク


無料ブログはココログ