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2010年1月29日 (金)

爆笑問題 太田光の人生を変えた作家J.Dサリンジャー

グーグル急上昇ワードを見ると、「サリンジャー」(アメリカの作家)と「ライ麦畑でつかまえて」という彼の作品名が。

グーグル急上昇ワード(サリンジャー、ライ麦畑でつかまえて)

ずーっと、なりをひそめてた作家なので、もしやと思って検索すると、やっぱりでした。

「サリンジャー氏死去 「ライ麦畑でつかまえて」の作者」:イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/america/351486/

AP通信が28日伝えたところによると、小説「ライ麦畑でつかまえて」で知られる米作家、ジェローム・デービッド・サリンジャー氏が老衰のため、米ニューハンプシャー州の自宅で死去した。91歳だった。サリンジャー氏の息子が明らかにした。

実はここ数ヶ月の間に、「ナイン・ストーリーズ」と「フラニーとゾーイー」を読んで、今ちょうど図書館で借りているのが、「大工よ、屋根の梁を高く上げよ / シーモア-序章」だったりするので、なんだか気になりました。

実は、サリンジャーを読み始めたきっかけが、↓これだったりして、けっこうミーハーって言われそうですが、縁なんてそんなもんだなあと。

「フラニーとゾーイー」を読んだことがある人は分かると思うのですが、爆笑太田さんの説明が結構てきとうというか、ちょっと違うんじゃないかなと思われるところがあるのですが、じゃあ、私に説明できるのかというと、全然自信ないです。

フラニーは以前にイエスに批判的な時期があったという話が、二人の会話に出てくるのですが、その理由が、イエスのちょっと乱暴な行動だったりするんです。(新約聖書に、礼拝堂が商業目的で使用されているのを見て、イエスが商人たちを追い払ったり、売り物の屋台を蹴散らしたりする場面があります)

で、そういう点を含めて、フラニーがいかにイエスを理解していないかということを、ゾーイーは説得しようとするんです。理解もしていないのだから、『巡礼の道』の「絶えず祈れ」だって意味をなさない。第一、精神が衰弱しきったフラニーのためを思って母親が持ってきたチキンスープを飲むことの意味さえ理解していないと。

で、なんやかやで、シーモアの「太っちょのおばさま」の話(注:上記のYouTubeの動画参照)は、イエスの比喩だったりするんです。イエスは、そんな「太っちょのおばさま」みたいなものなんじゃないかと。

でも、「『太っちょのおばさま』でない人間は一人もどこにも」いないなんて言い方も、シーモアはします。

ねー?

私が説明したところで、支離滅裂でしょ。やっぱ読まなきゃ分かりませんよね。でも、これは宗教や倫理の小説なんかなじゃなく、家族の愛の話なんだと、サリンジャーは、(異例の)はしがきに書いていたりもするんです。

フラニーとゾーイー (新潮文庫)
フラニーとゾーイー (新潮文庫)

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コメント

はじめまして。
検索でこちらにたどり着きました。


> 爆笑太田さんの説明が結構てきとうというか、ちょっと違うんじゃないかなと


わたしもそう思います。
こちらではじめて動画を拝見したのですが、「えーーーー。。。太田さんはそういう解釈だったの・・・?」ってびっくりしました。
というのは、わたしも大学のときに自分の自意識に病的なほどに嫌気がさしていて、ほとんど動けなくなっていたときに、この本に非常に救われたので、救われたと言っている太田さんも同じように解釈しているのかと思っていたからです。


>「『太っちょのおばさま』でない人間は一人もどこにも」いないなんて言い方も、シーモアはします。


ですよね。
太田さんは、「どこにいるかわからない太っちょのおばさまのために」って言われてますよね。


「神の女優になれよ」について、どう解釈してるのか知りたいなぁ、とちょっと思いました。

太田さんも読んでから時間が経っているだろうし、細かい相違が出てきてしまっているんでしょうね。

私も10ヶ月くらい前に読んだのですが、細かいところあまり覚えてないし・・・

ただ、今ウィキペディアを見てみると、

フラニーとゾーイー - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%81%A8%E3%82%BE%E3%83%BC%E3%82%A4%E3%83%BC" rel="nofollow">http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%81%A8%E3%82%BE%E3%83%BC%E3%82%A4%E3%83%BC

中学生のときにこの本に出会って、「大学2年生の時に演劇として『フラニーとゾーイー』を主演・演出」したそうですから、かなり読み込んではいるんじゃないかと。

これくらいになると、自分なりの解釈が生まれてきて、それが多くの人の解釈とずれてきてしまうようなこともあるのかもしれません。そして、それくらいになって初めて「人生を変えた一冊」になるのかも、という気もします。

短い時間で不特定多数のテレビの視聴者向けに説明するのも難しそう。今、動画を見直してみると、イエスの話を一切出してないし、宗教(「巡礼の道」とか)が絡む側面を話してなくて、そこを言わずに伝わるだろうかと思う反面、そんな話をしても敬遠されるだけだろうという、彼なりの判断のような気がするし。

結局読まないと分かってもらえないだろうし、とにかく読んで欲しいという気持ちが伝わってくるのがよかったなあと。

レスありがとうございます。
ああ、やはりそういう見方をされていたのですね。


> これくらいになると、自分なりの解釈が生まれてきて、それが多くの人の解釈とずれてきてしまうようなこともあるのかもしれません。


ですね。
なので、わたしの解釈も多くの人のとはややずれてるんだろうなと思っています。


> そんな話をしても敬遠されるだけだろうという、彼なりの判断のような気がするし。


その可能性も大きいかもと思っていました。
今回のような説明をしたほうが皆さん興味を持って読んでくれますものね。


たくさんの人がフラニーとゾーイーを読むきっかけになって良かったなぁと思ってます。
実際読んでみて、ちょっと太田さんの説明は違うんじゃない?と思う人はそう思えばいいだけ(?)ですし。^^
そう思わない人は、太田さんの説明で救われる部分があるのならそれでいいですし。

わたしはクリスチャンでもないのに聖書をよく読むのですが、そうすると、欧米の小説や映画などに、聖書を読んでないと理解できないだろうなあというくだりがあることに気が付きます。

じゃあ、聖書を知らない人はその作品が理解できないのかというと、そんな話でもないような気もするんですよね。読者の数だけ受け取り方があるんだろうなあと。

自分たちが日本人にしか分からないだろうなあと思うことがあるように、アメリカ人的には、アメリカ人にしか分からないだろうなあという部分がありそうだし。私の描いているニューヨークのイメージは合っているのだろうかと、サリンジャーの作品を読みながら、思うこともあるし。

とにかく、「フラニーとゾーイー」を読むきっかけを作ってくれたのは幸運だったなあと。あと、この番組で紹介してた「タイタンの妖女」も良かった。SFに分類されちゃっているもんだから、最初から候補から外しちゃう人がいそうですが、「フラニーとゾーイー」の主眼が宗教や倫理ではないのと同様、「タイタンの妖女」はSFではないんだなあと思いました。

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