向田邦子「かわうそ」に出てくる絵画「獺祭図」を求めて
小説に引用されているものが気になることってありませんか?
で、今回は向田邦子の「かわうそ」という短編(「思い出トランプ」に収録)に出てくる「獺祭図」という絵。
以後、ネタばれもあると思いますので要注意。
妻の厚子は
嘘も方便という程度の他愛ない嘘をつくとき、歌うような声になる
ような女。
他にも、
「火事ですよお。火事ですよお」
寝巻で空のバケツを叩き、隣り近所を起して廻っていた厚子は、そばで見ていて気がひけるほど楽しそうに見えた。
とか、
宅次の父の葬式のときもそうだった。
厚子は新調の喪服を着て、涙をこぼすというかたちではしゃいでいた。
とか。なんとなくキャラクターが見えてくるでしょ。
ただ、「他愛ない嘘」ではすまないような嘘もつくことがあって、1つは以前、三歳で娘を亡くしたときのこと。(詳細は本編で・・・)
もう一つは、この小説での現時点での話。夫の宅次のお気に入りの庭をつぶして、マンションを建てたいが、宅次が反対しているために実現できない。そんな時、宅次が脳卒中で倒れます。そして、療養している宅次を尻目に、話を秘密裏に進めちゃうんですよ。
厚子は買い物に行くと言って出かけたが、開かれていたのは「宅次の今後のことを相談する集まり」と称したマンション計画の会合。メンバーは不動産屋や銀行の支店長代理、主治医や宅次の友人など男5人。
ここまでが長い前置きでした。
そして、この絵が出てきます。
学生時代に見た一枚の絵が不意に浮かんで来た。
あれは梅原だったか劉生だったか。白く濁ったビニール袋をかぶった脳みそでは思い出せないが、構図は覚えている。
かなり大きい油絵で、画面いっぱいに旧式の牛乳瓶、花、茶碗、ミルクポット、食べかけの果物、パンの切れっぱし、首をしめられてぐったりした鳥が、卓上せましとならんでいた。
題は「獺祭図」である。
なんで、この状況が「獺祭図」を彷彿とさせるかというと、
(厚子の離れた目はどことなく、かわうそっぽいと思っている。そしてかわうそは、)
殺した魚をならべて、たのしむ習性があるというので、数多くのものをならべて見せることを獺祭図というらしい。
という感じで説明されています。ちなみに、「獺」は「かわうそ」のことですね。
で、こんな絵が登場すると、どんな絵なのか見てみたくなりますよね。
小説中で、「梅原だったか劉生だったか」とあるのは、梅原龍三郎と岸田劉生のことでしょう。ということで、図書館で全集を借りてみました。
でも、それらしきものは見つからず。
静物画は何点か掲載されていたんですが、↓これとか
↓これとか
でも、「かわうそ」に出てくる構図とは違うし、第一「獺祭図」というタイトルでもない。
で、ウェブで検索してみると、面白いものを見つけました↓
向田邦子の短編「かわうそ」に『獺祭図』(だっさいず)という絵についての記述がある。文中では作者は梅原... | レファレンス協同データベース
まさに、私と同じような状況。そして上記は、利用者の探し物を図書館員が手伝ってくれる、いわゆるレファレンスサービスの記録を公開したページのようです。
結局、16点の参考資料をあたったそうですが、
以上の結果、現時点では、合理的な方法でのこれ以上の調査は無理と判断し、調査を終了しました。
という、結果でした。
でも、調査の過程で、「獺祭図」というタイトルの絵は見つかっているんですよね。
【資料1、2】で作品名『獺祭図』を引くと、小絲源太郎に同じタイトルの作品があり、【資料3】に掲載されていることがわかりますが、小説の描写(【資料7】で確認)と絵の内容が一致しません。
う~ん、タイトルは同じですが、内容が違うとのこと。でも、見てみたい。全然違うのか、多少なりとも共通点があるのか。
で、現代日本の美術〈7〉岡田三郎助・小糸源太郎 (1975年)も図書館で借りてみました。
ありました、「獺祭図」。
向田邦子の描写
・旧式の牛乳瓶
・花
・茶碗
・ミルクポット
・食べかけの果物
・パンの切れっぱし
・首をしめられてぐったりした鳥
との共通点は・・・、ほとんどないですねえ。
牛乳瓶自体が「旧式」の存在となってしまった現在、「旧式の牛乳瓶」がどんなものか私には分かりませんが、画面中央の白い陶器は、違うだろうなあ。
花はありますね。
ソーサー(?)にのった黒と白のカップみたいなのがありますね。茶碗と言えば、言えないこともない。ミルクポットの可能性もなくはないか。
果物(りんご)はあるけど、食べかけではないし、パンもないですね。
向田邦子の描写で、一番特徴的な「首をしめられてぐったりした鳥」もない。壁にかかっている絵皿らしきものに、鳥が描かれていますが、さすがにこれは関係なさそう。
ということで、全然違うものでした。
でも、向田邦子はこの絵を着想の一つにしていたんじゃないかなあという気がします。
いろんなものが所狭しと並べられた静物画、そして「獺祭図」というタイトル。
「首をしめられてぐったりした鳥」はきっと、別の絵からイメージを借用したんでしょう。小説の中の主人公の漠然とした記憶なんですから、実在の絵画と正確に一致する必要はないですからね。小説のアクセントとして便利なように再構築するのは作家の自由ですし。フィクションの作品では。
で、「首をしめられてぐったりした鳥」なんかは、ストーリを語る導出のアクセントとして使われていたりするんですが、詳しいことは作品の方を読んでいただければということで・・・
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